──台湾から来た女の子・可馨の東京日記
東京の夜には、ときどき冷たくて、ときどき優しい空気が漂っている。
一人で歩く渋谷の交差点。雨に濡れたネオンが水たまりに揺れて、
それはまるで、曖昧で、どこにも属せない今の自分みたいだった。
イヤホンから流れてくるのは、あの歌──《無名的人》。
「名もなき人よ、列車は走り出す、名残があるなら振り返らないで……」
私は可馨。台湾生まれ。
年老いた両親と、まだ返済の終わらないローンがある家庭。
強いわけじゃない。ただ、大切な家族に迷惑をかけたくなかった。
だから、一人で東京に来ることを決めた。
異国の街、聞き慣れない言葉、誰も気にかけてくれない足音。
私は、風に流されてきたタンポポのように、漂っていた。
日本語も不十分で、どこに行っても仕事は見つからなかった。
そんなとき、偶然出会ったのが──
店舗を持たず、ホテルやご自宅に出張する「本番あり」の紹介サービス。
100％安全で、信頼を第一にするこの世界だった。
私は「嬢」じゃない。「紹介人」だ。
翻訳アプリと、少しの人を見る力を使って、東京の夜で自分の居場所を見つけた。
この仕事を通して、いろんな人の「寂しさ」に触れた。
深夜、接待帰りのサラリーマンが小声で言う。
「話を聞いてくれる子、いますか？」
恋愛に慣れていない若い男の子が、照れながら呟く。
「女性との接し方が、正直よくわからなくて……」
私は彼らに合った女性を紹介し、
「ありがとう」「またお願いしたい」と言ってもらえるたびに、
胸がじんわり熱くなる。
言葉が通じなくても、心はちゃんと伝えられる。
この仕事はそう教えてくれた。
確かに、楽な道じゃない。
でも、私は一度も後悔したことはない。
苦労よりも、この仕事で得た喜びや人の温もりの方が、ずっと大きいから。
たとえ「名もなき人」だとしても、
この街で、私は自分だけの「価値」を見つけられた。
──風の中で生きる、すべてのあなたへ。
私は知っているよ、その痛みを。
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